一帯一路の戦略を理解するーー海上編:その一

一帯一路の本質を簡単にまとめると、典型的な大陸文明の中国はロシアを巻込み、ヨーロッパと協力して欧亜大陸の通商経路を再建を図ることで、事実上海洋文明の北米、オーストラリア等をマージナライズゼーシヨンする事です。

一帯一路は世界の運命を左右する非常に大きな戦略です。この通商路を制するために、戦争をおこし、大勢の人は犠牲するまで、日々発生しています。日本のマスコミ、評論家はよく戦術レベルで論述する方は多いが、当サイトは戦略の観点から議論したく、日本と関わり深い海上路から始めたいと思います。

世界の航海路は大航海時代から築かれ、ヨーロッパからアフリカ、インド洋、南シナ海経由で、欧亜大陸の商売を繋げています。戦後、イギリスなど西ヨーロッパの諸国は勿論、南アフリカ、インド、オーストラリア、日本は全て海洋国家であり、アメリカはこの全ての地域をコントロールしている一番大きな勢力です。
戦後の数十年間、海洋国家の各国は世界の経済を牽引し、大きな成功を収めました。

中国、新たな世界工場の崛起

天安門事件後、世界各国の弾圧から生き抜くために、製造業に注力して、2000年頃、中国は新興の生産地として新たなマーケットを見つけなくてはならない時期になりました。WTOに加入し、新たな飛躍に遂げ、それから、アメリカ主導のTPP構想は始まりました。

日本、オーストラリア、アメリカ大陸など、環太平洋各国をマーケットと想定して、中国の進出を予想して、利益を獲得するために、予め動き始めました。それは、日本が何故か尖閣諸島は2010年頃特に熱かった理由だと思います。
勿論、日本だけではなく、オバマ政権下のヒラリーは東南アジア諸国に回って遊説し、南シナ海で、中国との紛争を煽動してきました。

東南アジア諸国は弱くて、軍事力は中国と匹敵できないが、強硬したくても、一歩でも踏み間違ったら、日本、アメリカも相手になり、南シナ海が失うだけではなく、中国の発展は、天安門事件後より、厳しくなるかもしれません。
緩和策にしても、日本、東南アジア諸国に利益を譲って、それから、TPP諸国からも、膨大な利益を求めて、未来は同じく暗黒にしか見えません。
当時の世界情勢から中国崩壊論の一理あるでしょう。

関連事件の大まかなタイムライン:
1986年:天安門事件
1995-1996年:第三次台湾海峡危機
1999年:中国に対してWTOの加入に妥結
2002年:中国のWTO元年
2010年:日本はTPP交渉開始

参考文献、及び、画像等の引用元:
中華人民共和国の世界貿易機関加盟
中国の WTO 加盟
日本のTPP交渉及び諸議論
中国、WTO加盟に大胆な譲歩-中米交渉の成否は朱鎔基路線の分岐点-
1からわかる!中国「一帯一路」【上】それってなに?