一帯一路の戦略を理解するーー海上編:その二

天安門事件は中国への影響は余りにも大きすぎて、このテーマはそこから起点にしました。前回の「海上編:その一」の 関連事件の大まかなタイムラインにある「台湾海峡危機」に唐突を感じるかもしれませんので、説明します。
先に結果を説明しますと、今の台湾政権が維持している事は、中米政権の交易の結果で、中国経済の高成長できる環境を保ってきたのです。

新興の製造業の大国は発展するために、新しいマーケットを探して売り込むのが必ずの道で、曽てのイギリス、アメリカ、日本、皆は同じです。勿論、今の時代では武力の戦争が通用しません。
開放して世界の貿易圏への参入は、中国の崛起の必要な一歩で、その転換点はWTOの参入です。90年代の朱首相はWTOの加入は、我々の髪が白くなるまで無理だろうとの意見があったようで、1999年に、突然WTOの加入に妥結し、2002年、中国のWTO元年に迎えました。
朱首相の世帯、髪が白くなった2019年、中国経済は世界第二位で、第三位の日本の倍以上成長してきました。

何故かこんなに想像もつかないほど、素早くWTOに加入できたかと、その前、1996年に台湾海峡危機があったからです。
第三次台湾海峡危機では、中国は数発のミサイルを発射して、 アメリカの空母が台湾近辺に配備する事で中国軍を止めたようなイメージがあるでしょう。但し、正解は、中国軍は台湾を攻撃しないと分かった上、空母を配備した訳です。
1958年の第二次台湾海峡危機を振り返ってみよう。台湾の金門で、毛沢東の共軍と蒋介石の国軍の戦闘です。
当時の中国軍は軍艦が基本なし、アメリカ軍は台湾海峡に配備した軍艦は、大陸から砲撃を見た瞬間に台湾から逃げ出した。そこから毛沢東はアメリカの台湾のために犠牲しない本質をしりました。
勿論、1996年の中国海軍はアメリカと違うレベルでも、空母とはいえ、本気で戦争をやったら中国軍を止められません。抑々、アメリカ軍人の命を犠牲して、中国軍を止める事をしません。

WTOへの加入は中国内の産業にも悪影響があるでしょう。当時の多くの人はWTOと台湾海峡危機の関係を想像しないでしょうが、20年後の今、振り返ってみて、当時中共TOPの遠見を分かるでしょう。
これは、私のあえて、台湾海峡危機を入れた理由です。ピンポイントの事件は偶然にあるものではなく、つながりがあるからです。

真の国家の統一は当時でも、今でも中国の政策が変わりません。
台湾の統一を強く望む事は誰でも分かって、それを邪魔すれば中国を牽制できます。
中国も日欧米豪は中国を牽制する所で利益を追求する事を分かって、台湾でWTOの加入と交換して曲道を選択しました。台湾が中米対抗中、アメリカのカードですが、逆に、中国のカードでもあります。
台湾の人に申し訳ないが、1996年の台湾海峡危機では、また売られました。

ちょっと脱線しますので、詳しい内容を割愛しますが、今の香港も似たような事は起こっているでしょう。